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かくたりかこ
pict gallely openingインタビュー
11/20
田嶋吉信
Do It Yourself!
09/25
中島良二
リアルな真実を描き続ける、その裏に隠された思い
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02/08
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自らの体現を、手の動きに任せて自由に描く
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03/28
西桐玉樹
画家が手掛ける内装「Panカンテ」
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毎週連載中の朝日ファミリー「街を恋う」にて
関西の町並みをテーマとした挿絵を担当している奈路道程。
描く前に毎回必ず現場へ取材に行くとのことで、
同行しながら、プロからも注目される、
そのイラストのルーツに迫りました。


interview & text 光冨章高(vision track)
取材場所/大阪・お初天神

光冨:「meets regional(京阪神エルマガジン社)」を学生の頃から良く読んでいて、表紙の奈路さんのイラストが、とても個性的でカッコイイなと憧れていました。そもそも、いつ頃から絵を描き始めたのですか?

奈路:子供の頃から絵を描くことが好きでした。父親が趣味で絵画を描いていたのでその影響ですね。というか、絵を描くこと以外、あまり興味のない少年でした。そのまま自然に中学、高校と美術部に入り、美術に興味を持ち、大学では美術史を専攻しようと思い、大分県の別府大学に進学しました。
そこでは、ひたすら油彩を描いていましたね。あとは別府なので温泉三昧です。


光冨:渋い大学生活ですね、温泉、うらやましいです(笑)。
では、大学を卒業されてからすぐにイラストの仕事に就かれたのですか?

奈路:まだその頃はイラストレーターがどういう仕事かも分かっておらず、大学卒業後はしばらく別のアルバイトをしていたのですが、やはり絵を描くことを仕事にしたいと思い、とにかく都会へ行けば仕事があるだろうと思い大阪へやって来ました。親戚の家に居候しながら仕事を探し、就職情報誌でイラストレーション制作会社を見つけ、書き溜めていた油絵等の作品を持ち込み、就職が決まりました。
今まで油絵以外は描いたことが無かったので、その制作会社では、いちからエアブラシなどを教わり、メルヘンやファンタジー画などを描いていました。

光冨:今のイラストからは想像できないですね。
今の独特なタッチや造形はいつ、どのように確立されたのでしょうか?

奈路:制作会社の仕事はとても勉強にはなったのですが、段々絵を描くというよりは、作業として捉えてしまうようになり、さらに、当時はイラストに対していろいろなNG事項が多くて、例えば部屋の中で帽子をかぶらせるのは変だとか、眼鏡をかけてないほうがいいだとか、制約ばかりでストレスが溜まっていました。
次第に、その”反動”で思いっきり自由に描きたいという衝動に駆られていました。
また、様々な画材を揃えてある会社の制作室を見て、「イラスト業は資本とスペースが要るなぁ」と常に感じており、自分はできるだけ安価でシンプルな画材を使い仕事がしたいと思い、行き着いたのが墨とペンと筆。いざという時でもスーパーの文具コーナーで事足りるので。

光冨:その気になれば100円ショップでも揃いますもんね。

奈路:もちろん、今はちゃんと画材にお金を掛けてますよ(笑)。画材を絞りに絞り込んだことで、自分のやりたい事が分かってきたような気がします。
その時点で、方向性は定まったわけですが、最初はそのタッチが仕事になるとは思っていませんでした。ただ当時まだ景気が良く、アートディレクター、コピーライター、プランナーなどといった人が夜の街にはたくさん居て、呑み屋やなどで普通に知り合い、ファイルを見てもらったりして、徐々に自分のやりたいタッチで仕事も貰えるようになってきました。今では考えられない時代ですね。
昼は会社で仕事、夜は個人で受けた仕事。そんな二重生活がしばらく続くようになり、徐々に個人で受ける仕事がサラリーを超えてきたので、3年目で会社を辞めフリーになりました。

光冨:フリーになった頃から、すぐに今のタッチだけで仕事をしていたのですか?

奈路:そうですね、ただタッチが気に入られない限りは仕事が一切来ませんでした。その分、依頼された仕事は、ああしてくれ、こうしてくれという制約が少ないので助かります。

光冨:制作ではほとんどラフを描かないそうですが?

奈路:鉛筆ラフをしっかり作ってしまうと本番を描く際に自由な線が出ませんので、ざくっとアタリをつけて、基本は手や筆の動きに任せて描いていく感じです。例え正確な線が描けなくても、それを失敗とさせないように仕上げていくわけです。ただ、仕事になるとそうは行きませんので、ラフを描きますが、できるだけラフなラフで確認をお願いしてます・・・。


光冨:あと、今回の取材のように、描かれる前には取材に行かれるのですか?

奈路:風景を描く際はなるべく現場に取材に行くようにしてます。もちろんインターネットや雑誌などを使えば、写真や資料は用意でき、時間の短縮にもなると思いますが、取材の目的は単に資料を集めに行くというよりも現場に行って、そこの空気感みたいなものを肌で感じ取ってくることが一番重要ですね。

光冨:その空気感をそのままに持ち帰って描かれるということですね。

奈路:ほとんどは取材に行ったその日の内に描き上げますね。「描くぞ!」というテンションを上げる為にも現地に行くという意味は大きいですね。今日も帰ってからすぐに取りかかる予定です。

光冨:すぐにですか?

奈路:明日が納期ですので・・・。

光冨:そうなんですね(笑)。それでは最後に、今後目指したいイラストレーターとしての方向性を教えてください。

奈路:やはり自分自身、風景を描くのが好きで、そもそも個展をやるきっかけになったのも旅行の絵でした。歳をとるたびに身に覚えのないことや、共感出来ないモノが描き辛くなってきたので、自分の作品は体験したことや見たことを描くのがほとんどです。中年は中年らしく年輪や経験を絵に活かしていき、できれば仕事でも、体現して描く、ということを続けていけたらと思ってます。

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