取材・文:ヴィジョントラック庄野裕晃
庄野:まず、山本さんがイラストレーターになった経緯、キャリアを教えていただけますか?

山本:あれは20歳の時です、大阪の西梅田にある大阪デザイナーズ専門学校というところでグラフィックを専攻していたんですが夜間部に入ったので、昼間はスーパーのチラシなどをつくっている版下会社に勤めてました。

そして2年生の初めに、ある方を通じて横田務さんというイラストレーターの方を紹介して頂き事務所に行かせてもらったんです。その時にプロの仕事を初めて見て、かなりの衝撃を受けましてね、これはもう専門学校で勉強をしていても意味ないなと思って、すぐに辞めてしまったんですよ。横田さんからは「事務所に入れるのは無理だけど、勉強しにきてもいいよ。」と言われて、まあ、頑張って絵が上達すればいつか入れてくれるだろうと思って毎日通いだしたんです。

庄野:じゃあ、仕事がある訳でもなく、ただ通って自分で絵を描いてただけの状態だったんですか?

山本:そうです、しかも絵を見てもらえるのも1ヶ月に1回くらいで特に指導をしてくれるわけでもなかったんですけど・・・。とにかく絵をひたすら描き続けながら間近でプロの仕事を見る事で、なんとなく仕事のリズムや絵を描くスピード感が身に付いたりして、そうこうしている内に上手くなったんですね。そして、1年後くらいに横田さんから「事務所に入るか?」と言ってもらって、やっとアシスタントにしてもらったんですよ。

庄野:
教えてもらうこともなく、ひたすら描きつづけるということに迷いはなかったですか?

山本:当時はMacとかもなくて、考え方としてはとてもシンプルだったように思います。もう手を動かして描くしかないというか、特に下描きの段階では選ぶ画材も鉛筆しかなかった訳で、今と違って目的に向かって分かりやすかったというか迷わずに邁進できましたね。

庄野:
では、プロのイラストレーターとして活動を初めたのはいつ頃ですか?また、その後山本イラストレーション制作室を設立し独立されたのはいつになりますか?

山本:
アシスタントになって半年後、いきなり自分で仕事をするようにと言われ、不安ながらファイルつくって営業に回り仕事を始めました。結局、横田さんの事務所には約10年いて、その後独立してすぐ山本イラストレーションを設立しました。

庄野:
キャリアとしてはもう20年近くになるんですね?

山本:
いつの間にかそうなってしまいましたねえ。(笑)